元宝塚歌劇団の男役スターとして知られる七海ひろきさん。その本名や経歴、そして退団後の活動について詳しくご紹介します。
七海ひろきの本名は?
七海ひろきさんの本名は、海津久美子(かいづ くみこ)さんです。「七海ひろき」という芸名は、本名の「海津」からインスピレーションを受けて名付けられた可能性があります。
七海ひろきの出身地と学歴は?
七海ひろきさんは、1984年1月16日に茨城県水戸市で生まれました。地元の茨城県立水戸第二高等学校を卒業後、宝塚音楽学校に入学しました。高校時代は学業も優秀で、偏差値65の同校に在籍していました。
宝塚音楽学校への入学のきっかけは?
七海ひろきさんが宝塚音楽学校を目指すきっかけとなったのは、お父様の影響です。中学生の頃、宝塚音楽学校受験のためのスクールをお父様が探してきてくれたことが、受験を決意する大きな要因となりました。また、天海祐希さん主演の『風と共に去りぬ』を観て憧れを抱いたことも、宝塚を目指す一因となりました。
宝塚歌劇団での経歴は?
2003年に宝塚歌劇団に89期生として入団し、月組公演『花の宝塚風土記』で初舞台を踏みました。その後、星組に配属され、男役として活躍しました。2009年には『薔薇に降る雨』で新人公演初主演を果たし、2013年には『the WILD Meets the WILD』でバウホール公演ダブル主演を務めました。また、同年の『風と共に去りぬ』では、ヒロインのスカーレットを朝夏まなとさんと役替わりで演じました。2014年には『ベルサイユのばら』で男装の麗人オスカルを演じ、2015年4月21日付で星組へと組替えとなりました。2017年には『燃ゆる風』でバウホール公演単独初主演を果たし、2019年3月24日、『霧深きエルベのほとり/ESTRELLAS』東京公演千秋楽をもって、16年間在籍した宝塚を退団しました。
退団を決意した理由は?
七海ひろきさんは、退団の理由について「今、すごく充実していて、ファンの方々もお客様もすごく楽しんで下さっていて。いつかは辞めなくてはならないと考えた時に、ファンの方たちに見せたい男役の姿の時に、終わりたいなと思った」と語っています。最も輝いている時期に退団を決意したのは、ファンへの感謝と自身の信念によるものでした。
退団後の活動は?
退団後は、俳優、声優、歌手、ラジオパーソナリティなど、多岐にわたる分野で活躍しています。2020年1月には舞台『RED&BEAR』で主演を務め、同年夏には舞台『刀剣乱舞』で初の女性キャストとして細川ガラシャ役を演じました。また、ファッション誌『CanCam』での連載や、TOKYO FMのラジオ番組『七つの海への大航海』のパーソナリティも務めています。さらに、2022年にはテレビドラマ『合コンに行ったら女がいなかった話』に出演し、その演技が話題となりました。
まとめ
七海ひろきさんは、本名の海津久美子として茨城県で生まれ育ち、宝塚歌劇団で16年間にわたり男役として活躍しました。退団後も多彩な分野でその才能を発揮し続けています。彼女の今後のさらなる活躍が期待されます。
七海ひろきさんの生き方やキャリアは、多くの人に勇気と希望を与えてくれます。その情熱と努力は、私たちにとって大きな刺激となります。
よくある質問/Q&A
Q1: 七海ひろきさんの愛称は何ですか?
A1: 愛称は「カイ」です。
Q2: 宝塚歌劇団での主な役柄は何ですか?
A2: 男役として数々の作品で主要な役を演じました。
Q3: 退団後の主な活動は何ですか?
A3: 俳優、声優、歌手、ラジオパーソナリティなど、多方面で活躍しています。
Q4: 現在の所属事務所はどこですか?
A4: 所属事務所はアンドステアです。
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